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最高裁判所第三小法廷 昭和58年(あ)1785号 決定 1984年9月21日

本籍

愛知県豊田市十塚町二丁目一番地

住居

東京都大田区南馬込二丁目二一番一四号

司法書士

岡田鎌太郎

昭和七年六月二三日生

右の者に対する所得税法違反被告事件について、昭和五八年一二月五日名古屋高等裁判所が言い渡した判決に対し、被告人から上告の申立があったので、当裁判所は、次のとおり決定する。

主文

本件上告を棄却する。

理由

弁護人加藤猛の上告趣意は、量刑不当の主張であって、刑訴法四〇五条の上告理由にあたらない。

よって、同法四一四条、三八六条一項三号により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 安岡滿彦 裁判官 伊藤正己 裁判官 木戸口久治 裁判官 長島敦)

昭和五八年(あ)第一七八五号

○ 上告趣意書

被告人 岡田鎌太郎

右の者に対する所得税法違反被告事件の上告趣意は次のとおりである。

昭和五九年一月一九日

弁護人 加藤猛

最高裁判所第三小法廷 御中

原判決の懲役刑を科した刑の量定は甚だしく不当であって、これを破棄しなければ著しく正義に反することを認める事由がある。

(理由)

一 所得税の申告につき、被告人は、税理士福沢悌輔に全て任せていたのが実情で、被告人自身に脱税をしようとする積極的意図は全くなかった事案である。

被告人は、昭和四二年頃、父岡田太郎の事務所とは別個に、自己の司法書士等の事務所を開設したが、当時は県会議員であって、政治活動に専念しており、経理関係は母アキエにおいて全て処理し、被告人がそれに関与することは殆んどなかった。被告人が実際に司法書士等の業務に専念できるようになったのは、県会議員を辞して二年後の、父と交替し豊田市内の事務所(以下豊田事務所という)へ行くようになってからであるが、以降も被告人は、今度は司法書士等の業務の内、仕事を集めてくる営業活動に専念し、経理事務、税の申告等については、事務員あるいは福沢に任せ切りという従前通りの状態で、その詳細は全くといっていい程把握しておらず、そのため、豊田事務所へ替った同五二年分の税の申告については、福沢より「前年、父太郎はこれこれの額を申告したから、今年はこれだけは申告した方がいい」と、前年度より若干多い金額を申告する旨の連絡を受け、被告人もいわれるままにそれを了解したのが実情であった。

ところで、本件の脱税は、「取扱事件年計報告書、取扱事件年計表及び業務報告書等に基づいて営業収入金額を計算する方法等により所得の一部を秘匿した」ものであるが、元々右各報告書(以下単に各報告書と表示する)は、税の申告を意識して作成された文書では全くない。

例えば、取扱事件年計報告書でいえば、この報告書は、愛知県司法書士会々則第八六条一項に、同会々長宛に提出するよう規定されているため、その余の報告書についても、愛知県行政書士会、愛知県土地家屋調査士会の各会則に規定されているため、いわば仕方なく作成していた文書である。そうして、各報告書は、豊田事務所の事件簿等の記載を基にし作成されるが、事件簿への事件の記帳は、主として被告人においてこれをなしていたところ、被告人不在の間に、申請書類が法務局へ提出されてしまうと、申請書類の控を作成していないことから、どの件が法務局へ提出されたのか把握することができない等の理由により、結果的に記帳されない事件が多々生じ、従って事件簿の記載延いては各報告書の記載は、被告人の取扱った事件の全てを把握する資料としては、正確性を欠くものであったし、被告人の所得を把握しうるような資料では到底なかった。

ところが、各報告書が被告人の所得算出の基礎資料として使用されている訳であるが、その経緯は、同五三年分の税の申告の際、福沢から「今年は『士』族の年で、税務署が何か根拠になるものをつけろといっている」と、税務署において「士」のつく職業者の申告を厳しくチェックしているため、申告額の根拠として添付したいから、各報告書を持参するようにとの連絡があり、被告人は指示されるままこれを持参したところ、後に福沢から「あのままの数字では税務署は納得しないから、一五から二〇パーセント水増しして出す」旨の連絡をうけ、その後は毎年申告時頃になると、各報告書を持参し、あるいは福沢がとりに来るようになった。

以上のような経緯で、各報告書が使用されるようになったが、そうして被告人は福沢からの前記連絡により、各報告書が所得算出の基礎資料として使用されていることは承知しており、従って税の申告が過少になされていることは承知していたが、被告人から福沢に対し、正確に申告するよう指示することもせず、全て任せ切りという従前通りの状態できてしまったため本件の脱税となったもので、以上の通りの経緯であり、前記の通り被告人は、各報告書を税の申告を意識しては作成しておらず、更に、これを利用し脱税しよう等という積極的な意図は全く有していなかったものである。

なお、右に記載の事実は、福沢の大蔵事務官に対する質問てん末書に記載の内容、特に、

1 各報告書を使用しはじめた時期に関する「税理士として関与するようになってから約一五年程になりますが、当初からこの年計報告書を基にしていました」(同五七年五月六日付問五に対する答)

2 使用しはじめた動機に関する「司法書士会等に提出するものは正しいものだから、これを基本として収入金額を計算してほしい旨の鎌太郎からの指示により、やむなくこれで計算していた」(右同)

3 所得の実額の把握についての「領収書控で集計すれば計算できるのですから、何度となく鎌太郎に呈示するように努めました」(右同)

と大幅に異なるものである。

然しながら、右1の時期については、被告人の検察官に対する供述調書第八項にも記載の通り、豊田事務所へ替った翌年分(同五三年分)からであり、又右2については、全く事実と正反対としかいいようのないことであり、右3についても、豊田事務所に過去四、五年分の領収書は全て保管してあり(被告人の大蔵事務官に対する同五七年四月二七日付質問てん末書問五に対する答)、それを見せなかったり、出ししぶったりした事実は全くなかった、というよりむしろ、源泉徴収済の領収書以外はほとんど呈示を求められたことがなかったのが実情であり、このことは、福沢が、同五二年分については父太郎の前年の申告額を若干水増しすることで、又同五三年分以降は各報告書により税の申告をなしており、従って税控除のための右源泉徴収済分以外は、何等見る必要がなかったことからも裏付けられるものである。

以上の通り、福沢の質問てん末書に記載の内容は事実とあまりにもかけはなれたものであるが、万一福沢において従前の税の申告の実情をありのまま述べれば、福沢自身に税理士の資格問題が起きかねない状態であったと思料されるため、福沢が述べたことも理解できない訳ではなく、更に被告人は、本件脱税の調査が開始されて以来、一貫して福沢から「調査官のいわれる通りにして頭を下げていれば、全て金で済むことだから」といわれてきており(被告人が資格喪失につながる懲役刑が科せられるかも知れないと知ったのは、原審第二回公判の直前である)、そのため、全て福沢の指示通りにすると共に、極力福沢に迷惑のかからないように配慮してきたが、結果的には第一審並びに原審において懲役刑が科せられ、資格が喪失すれば今後の生活の目処もつかない状態に追い込まれたため、福沢に責任を転化する意図は毛頭ないものの、被告人において積極的に脱税を意図したものではない点の実情を申し述べるものである。

二 被告人は、本件の調査結果に基づき修正申告し、その本税、重加算税等次に記載の金員合計二億三四六八万〇九五〇円を完納しており、既に実害のない状態となっている。

(一) 所得税関係

昭和五四年分 合計四八七八万六〇〇〇円

(弁護人請求にかかる証拠ナンバー1による)

同五五年分 合計八二〇二万七四〇〇円

同五六年分 合計五四六七万〇八〇〇円

右合計 一億八五四八万四二〇〇円

(二) 個人事業税関係

昭和五四年分 合計二五七万七〇五〇円

同五五年分 合計三九九万三六五〇円

同五六年分 合計二八八万三二〇〇円

右合計 九四五万三九〇〇円

(三) 市県民税関係

昭和五四年分 合計一一九一万一〇一〇円

同五五年分 合計一六二〇万三三八〇円

同五六年分 合計一一六二万八四六〇円

右合計 三九七四万二八五〇円

以上合計 二億三四六八万〇九五〇円

三 被告人は本件を契機に、被告人自身の従前のルーズな対処の仕方を深く反省し、同五八年六月からは、経理専門の従業員を雇用し、全ての入、出金を正確に把握すると共に、税の申告についは福沢に代え、河合公認会計士事務所に依頼して、入、出金を企てコンピューターに入力し、各種の書類を作成することとし、再犯の起きる可能性がないシステムとしている。

四 被告人に懲役刑が科せられると、被告人は、その有している司法書士等の資格を全て喪失することとなる。

被告人は、従前議員生活と司法書士等の業務以外は全く経験したことがなく、既に年齢も五一才であって今更転職の可能性もなく、今右各資格を喪失すると今後の生活(被告人自身と前妻並びに子供)の目処が全く立たない状態に追い込まれものである。

確かに資格を有するものは、それだけの自覚と責任を持たなければならないことは事実であるが、本件は収賄とか一般の破廉恥罪ではなく、被告人の資格を喪失させなければ社会正義が保てないという事案では必ずしもないものと思料されると共に、被告人は、前記の通り本件で既に二億三四六八万〇九五〇円支払い、更に罰金の三〇〇〇万円も判決が確定すれば直ち支払う予定であり、そうすると合計二億六四六八万〇九五〇円支払うこととなり、一億一九八三万七五〇〇円の脱税に対し、その三倍に近い金員の支払いを余儀なくされると同時に、更にそれに加えて、ほとんど無一文に近い状態となった被告人から更に職業まで取上げることになるとすれば、それはあまりにも過酷であるといわざるをえないものである。

(結論)

以上の次第で、本件は罰金刑のみで処断されるべき事実であり、原判決の懲役刑を科した刑の量定は甚だしく不当であって、これを破棄しなければ著しく正義に反するものである。

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